「東向寺」天草四ケ本寺の筆頭寺で出会う瀬戸焼
天草四ケ本寺の筆頭寺「東向寺」。天草空港近くにあり、初代天草代官、鈴木重成による建立です。天草・島原の戦いで荒れた民心を沈め、仏教布教の拠点でもありました。瀬戸焼と高浜焼きとのつながりと歴史的にもも興味深い「東向寺」に立ち寄ってみませんか。
東向寺
江戸時代・鈴木重成創建
天草空港から市内方面に5分程度下り、右手にしばらく行った所にある「東向寺」。創建慶安元年(1648年)の江戸時代。3代将軍家光の時代に天草初代代官、鈴木重成により創建されました。当時は50石が与えられた、かなり広大な寺領のお寺。少し走ると「鈴木神社」があります。
荒れた民心の安定を願って
天草•島原の戦いの10年後に建てられた「東向寺」。本堂正面の「護国場」の文字は、戦いで荒れ果てた民心を静め、鎮護の霊場であったことがうかがえます。禁制されたキリスト教徒の安定と仏教普及の拠点でもありました。
江戸時代の天草四ケ本寺の筆頭寺
天草四ケ本寺の筆頭寺の「東向寺」。興味深いことに、徳川家康をはじめ徳川家の位牌が祀られています。天草・島原の戦いのあと、幕府直轄の天領となった天草。徳川幕府の威光を示し戦いの再発を防ぐ役割もありました。
高浜焼と瀬戸焼の繋がり
境内でもひときわ目をひくのが、「天中・民吉邂逅(かいこう)の図」。江戸時代に東向寺の天中和尚と瀬戸焼の祖と呼ばれる加藤民吉(たみきち)の、出会いが描かれています。
加藤民吉は、瀬戸焼の祖として知られる人物です。江戸時代に衰退し、転換期を迎えていた瀬戸焼。加藤民吉は生き残りをかけて天草の高浜焼の上田宣珍(ようず)のもと、磁器の製法を学びました。その仲介役をはたしたのが東向寺の15代住職、天中和尚です。天草と瀬戸焼のつながりを示す記念碑でもあります。
美しい天井絵
近く人がいれば、声をかけると本堂にお参りも出来ます。見上げると美しい天井絵。1832年に火事によりわずかな仏像などを残し全焼した「東向寺」。1860年に本堂が再建されています。ご本尊の釈迦牟尼如来、普賢如来、文殊菩薩とともに徳川の位牌も祀られた歴史を感じる本堂です。
まとめ
天草空港の近くには「東向寺」や「鈴木神社」と、天草初代代官の鈴木重成ゆかりの場所があります。当時、戦いで荒れた民心を沈めるために高僧が住職を務めることも多かったといわれる「東向寺」。訪れてみると解るのですが、清々しい空気の流れるお寺です。
■「東向寺」
住所:天草市本町新休27-1
電話:0969-22-3384
アクセス:車 熊本駅~約2時間10分 九州自動車道松橋IC~約1時間50分 天草空港~約6分
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