天草を満喫するためコレだけは知っておきたい事

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隠れキリシタンの歴史を巡る・天草氏「河内浦城跡」

河内浦城跡

世界遺産候補「崎津教会」がある河浦町。当時、河浦町は天草五人衆の1人「天草氏」が治めていました。その城跡「河内浦城跡」が公園として整備されています。アルメイダ司教にキリスト教布教を許し、自らも洗礼を受けた天草氏の城跡。散歩していきませんか?

天然温泉「愛夢里」裏手から

天草は昔、天草五人衆と呼ばれる領主によって治められていました。そんな天草で現在注目を集めているのが、世界遺産候補の崎津教会がある天草市河浦町。この地域は、天草五人衆の一人、天草氏の居城があり、現在でも「河内浦城跡」が公園として整備されて残っています。場所は、現在の河浦町の温泉施設「愛夢里」の裏手の山。「愛夢里」の看板をめざしていきましょう。

山城だった「河内浦城」

天草氏の居城は現在の河浦町の「河内浦城」と、一町田川を挟んだ字城山にある「下田城」と併せて「下田城」と呼ばれていました。「河内浦城」は物見櫓があった、山城。山の上にあるため、少し登って行きます。歩きやすい靴がベター。

天草五人衆「天草氏」の居城跡

天草氏は14代当主、天草鎮尚の時代にルイス・アルメイダを招きキリスト教布教を許可。自らも洗礼をうけドン・ミゲルと名乗ります。その子、天草久種(ドン・ジョアン)も受洗。キリスト教弾圧を受け大分から長崎に移された、コレジオ(ポルトガル語でカレッジ=学校の意味)なども河内浦に移転します。現在、世界遺産候補の崎津教会の信仰の土壌を作ったといえる城主なのです。

今でも残る柱跡

山を登ると「河内浦城跡」が現在公園として整備されています。物見櫓があっただけに、眺めもよく河浦町の町並みがよく見える場所。この城は発掘調査で15世紀中頃から16世紀後半に利用され、曲輪には百以上の柱跡が発見されています。復元された柱の後などをみていると、ここに城があったのかと想像力が膨らむ場所です。

河内城跡公園を囲む帯曲輪

「河内浦城跡公園」を少し下ると、公園を囲むようになっている敷地が帯曲輪。山城の特徴を活かし、公園部分の城を取り囲むように作られています。天草鎮尚はルイス・フロイスに「五人の殿のうち最も重要な人物は天草殿」と書かれている領主。亡くなる際には信仰に堅くとどまり、教えから離れる事がないように遺言したとか。堅い信仰を守り、戦ってきた領主の城跡、ゆっくり散策してみてくださいね。

山の麓の「崇園寺」も周ってみよう!



「河内浦城」を下ると「崇圓寺」の敷地に続いています。他の寺社より格上の「天草4ケ本寺」のひとつでもありる「崇圓寺」。島原の乱の後、天領となった天草を統治した代官鈴木重成により、民心の安定と思想の善導のため再建されたお寺です。江戸時代には、伊能忠敬の宿舎となった由緒正しきお寺で、風情があります。一緒に立ち寄っていきませんか?

まとめ

キリスト教の信仰の始まり、布教に大きな力を及ぼした天草氏。大分から長崎、そして天草にコレジオが移ったのも天草氏の信仰や天草の島ならではの立地によるものだったのでしょう。近くの「天草コレジヨ館」と共に、歴史好き、城好きの方にはおすすめです!

■河内浦城跡公園
住所:天草市河浦町河浦4732-1
連絡先:0969-76-1111(天草市河浦支所)
アクセス:車 熊本駅~約2時間40分、九州自動車道松橋IC~約2時間10分、天草空港~約45分
バス:産交バス 「河浦郵便局前」下車~徒歩8分
地図:クリックするとGoogleマップが開きます


天草野・黒猫

天草野・黒猫

天草生まれ。美味しい物、きれいな物。歴史にかかわるものが大好きです。天草のまだ知られていない魅力をお伝えします。

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